第1章 絶望の果てに恩人のパンダ
私の3年間が終わった。
裏切られた。
「もう、なんでよりによって不倫なの。あんなおばさんと」
一人で居酒屋にきたのは、初めてだ。
仕事帰りの電車の中、スマホで見たニュース。
推しの不倫騒動に凹んだ。そして怒りが湧いた。許せなかった。
「お兄さん、ビールおかわりください」
私はそんなにお酒が大好きではない。
飲み会に呼ばれたら飲むけど、2、3杯ぐらいにしている。
酔っ払いはキライだ。
このときは、気がついたら居酒屋にいた。
「3年間だよ。ずっと応援してきたのに。
ファンクラブも入ったし、韓国遠征も行った。
アルバムは全部買った。お見送りでもっとたくさん買った。
いくらかけてきたと思ってんの?」
3年間の楽しかった日々を思い返す。
「はじめは歌も下手でさ、ダンスも微妙だったけど、
だんだん上手くなってきてさ、これからだって時なのに」
私の推しは、K-POPの男性アイドル。
笑顔がかわいくて、かっこいい人。
背が高くてスタイルがよくて、おしゃれで、話も上手で、
アイドルになるために生まれてきたような人だった。
みんな彼のことを本当に天使なんじゃないかって言うぐらい、
性格も良くて、優しくて明るい人だった。
韓国生まれだけど、英語も日本語も上手だった。
周りの人を明るくする太陽みたいな人だった。
そんな人が、不倫をしていた。
信じたくない。
そうだ、あれはフェイクニュースかもしれないよね。
そう思い、スマホでまたチェックする。
おばさんと写ってる動画があった。
AIとか合成かもしれないよね?
入念にチェック。
鼻にほくろがある。
顔も隠してないから、はっきり分かる。
すごい自然な表情だから、本人だ。
そして、このおばさん。
日本の女優だ。
たしか、50ぐらいじゃなかったっけ?
全然美人じゃないじゃん。
首のシワが目立つ。
この人演技そんなにうまくないじゃん。
事務所のゴリ押しでやってる人でしょ。
舞台やったことない人なんてさ、女優じゃないね。
手とか繋いじゃってさ。
「あームカつく。
なんでこんな目立つ場所で撮られてんだよ」
ホテルの入口で堂々と会っているなんて、信じられなかった。
許せない。もう、終わりだ。
私のお金は全部推しに使ってきた。
1年間で100万ぐらい使ってるよ。
3年間のほとんどの時間も推しに使ってきた。
「なんで、なんで不倫なの?ふつうの人と付き合えばいいじゃん。
ていうか、3年目なのに女遊びすんなよ。アイドルだろ。」
ビールを飲み干す。
「お兄さん、おかわり」
喉もかわくし、腹もへる。
唐揚げに大量のマヨネーズを付けて食べる。
付け合せのキャベツはいつも食べてるけど、今日は食べない。
野菜なんて本当は好きじゃない。
体のために食べてただけだ。
野菜から食べたら太らないとか言うからやってただけ。
今日は好きなものだけ食べるんだ。
焼きうどんを口いっぱいにほおばり、あまり噛まずに飲み込む。
「お兄さん、おかわりまだ?」
お店が忙しそうで、なかなか来ないビールにも腹が立ってきた。
怒りにまかせて、ふだん見るだけのインスタに、書き込んだ。
「不倫なんて許せません、脱退希望」
帰り道、ゲーセンに寄った。
ああ、もうこれからどうしよう。
普段はやらないUFOキャッチャーの前で乱暴にボタンを叩く。
3000円も使った。
私の味方はこの子だけだ。
ヤバイ。頭がズキズキする。
頭が痛くて目が覚めた。
自分の部屋の床で寝ていた。
腰も痛い。
お店でお金払ったよね。
なんにも覚えてないや。
ああ、飲みすぎた。
ベッドから起き、トイレに向かった。
「え?」
ドアが開かない。
ガチャガチャガチャ。
何度もドアノブを回してみるけど、開かない。
「え?どういうこと?」
ノックしてみる。
「コンコン」
「コンコンコン」
「え?誰かいるの?」
まだ、酔ってるんだろうか。
あたりを見渡してみる。
うん、私の部屋だ。
私のマンション。
部屋は間違ってない。
ジャー。
水が流れる音がして、ドアが開いた。
パンダの顔をしたでかい人が出てきた。
「ギャーーー」
こちらに近づいてくる。
「ギャーーー」
粗大ごみで出そうと思っていた、長い突っ張り棒を手に持ち振り上げる。
「ヤー、ヤー、ヤー、出てって、やだ、出てって」
思い切り力をこめて何度も叩く。
「いた、いた、いた、あんたなにしてんの?暴力やじ。
ちょっと、ちょっと、待ちなさい。今、説明するから」
パンダのでかい人に両手を押さえつけられて、突っ張り棒を取り上げられてしまった。
「あなた、なんなんですか?何してるんですか?
ここは、私の家ですよ」
「はいはい、分かってるじ。
こっちも来たくてきたんじゃないんやじ。
仕事だから来てるんやじ」
「まあまあ、座りなさい」
そう言いながら、パンダの人は、私のソファーに勝手に座った。
「あ、あなたの家じゃないんですよ」
「分かってるじ。まあ、落ち着いて」
私は立ったまま、様子を伺う。
「な、なんでここにいるんですか?あなた、なんなんですか?」
「私?、私は依頼を受けてやってきたんやじ。
あんた、昨日だいぶ飲んどったよね。
橋から落ちそうになってたんよ。
助けたの覚えとらんの?」
思い出そうとすると、頭がズキズキする。
え、橋から落ちそう?
そんなこと全然覚えてない。
「まずは、恩人に感謝するんやじ。
私はあんたの命の恩人やから」
「あー、このベーグル、私のですよね」
テーブルに、ベーグルのビニール袋があった。
「これ美味しかったわぁ、また買ってきて」
「あなた、なんで勝手に食べてるんですか、もう」
「あなたじゃない。私はアルテミスやじ」
「アルテミス?」
「そう、知らんのあんた?」
パンダの人は、マグカップで何か飲んでる。
「それ、私のカップですけど!」
「アルテミスって言ったら、ギリシャ神話の女神やじ。あんたそんなことも知らんの?
教養がないんやねえ」
「そんなこと、学校で習いませんよ」
「まあ、いいわ。あんたを変えるために、私がきたんやじ。あんた、この顔に覚えはないんかい?」
そういって、パンダの人は私に顔を近づけてきた。
「ちょっ、近い、怖いんですけど」
パンダなんて、覚えがない。
パンダなんて上野動物園で遠くから見たくらいで、ほとんど見えなくて、全然知らない。
「あっ」
昨日、ゲーセンで、確かパンダのぬいぐるみ。
「それやじ、あんたのパンダのぬいぐるみに変身したんやじ」
「なんで、顔だけなんですか?」
「それは、その、いろいろあって」
そう言うと、急に鼻息が荒くなり、パンダの人は、叫んだ。
「私のことはいいんやじ。あんた、今日からミッションやじ。
あんた、私の言うこと聞かんとバチがあたるからね」
最後までお読みくださり、ありがとうございました。