「最高じゃん、自分」
20代の頃、そんな風に思った事が一度だけある。
平日は今とは違う会社でただの事務員、夜は週1で映像の専門学校に行っていた。
映画が好きで、映像の仕事に就きたくて、どんな事をするのか知りたくて学校に通っていた。
ただの映画好きなので、なんにも知識がなく、授業は新鮮でとても楽しかった。
卒業制作でショートフィルムを作ることになり、絵コンテを書いてこいと宿題が出た。
絵コンテなんて書いたことがない。
絵コンテの書き方が知りたいのもあったけど、
それよりも絵コンテの元、
なにを作りたいのか、
どうやって頭の中から出すのか、
アイディアはどうやって湧いてくるのか、
それが知りたいのに、それは教えてくれなかった。
映像は作りたいけど、私が作りたいモノはなんだろう。
まったくなにも出てこなかった。
絵コンテが書けない。
宿題が終わらない、どうしよう。
カメラもないし、どうしよう。
卒業制作を作ると思ってなかった、どうしよう。
誰に出てもらえばいいんだろ、どうしよう。
何を撮りたいんだろ、どうしよう、と。
何日も悩んだ。
ある夜の帰り道、家までの登り坂を歩きながら考えていた。
その時、急に頭の中にアイディアがひらめいた。
どこからきたかのか分からないけど、映像になってでてきたので、
私はこれを逃すまいと、立ったままノートに絵コンテを書き出した。
夜だったので、暗い。見えない。
街灯の近くへ走っていき、書いた。
絵コンテなんて、自分が分かればいい。
先生に見せなきゃだけど、説明できればいい。
カメラマンも私がやるんだから、顔は丸でいい。
どういう構図か、画角が決まればいい。
もう、あとで清書すればいい。
バババっと思いつくまま書いた。
一瞬で、できた。
「最高じゃん、自分」
心の中で、そう思った。
今、48歳。
「最高じゃん、自分」がない。
夢だった映画の世界からは離れて、ただの事務員。
20年以上、「最高じゃん、自分」に出会ってない。
一瞬なりかけた事はある。
離婚がうまくいった時。
両親に報告した時。
「最高じゃん、自分」が出そうだった。
なんだけど、離婚を報告した時の両親のなんともいえない顔を見て、
「最高じゃん、自分」がひっこんでしまった。
離婚して、うれしがる両親はいないか。
私だけだ、喜んでいるのは。
もう一度、「最高じゃん、自分」と思いたい。
がんばったね、よくやったねって自分を褒めてあげたい。
大人になると褒めてもらえない。
自分でも褒めない。
褒めるところがないのかもしれない。
私は昼間、ただの事務員で、仕事を成功させても褒められない。
誰でもできることだから。
失敗したら、いろいろ言われるけど。
昼間の仕事はもういい。
成長がない。
私の趣味を、生きがいをやりぬいて、
今度は少しぐらいは誰かの役に立って、
「最高じゃん、自分」
と思えたらいいな。
それが私が死ぬまでにやりたい事。